「依存症」と呼ばれるものは様々な媒体を介し私達を支配しようとします。
本書は『14歳の世渡り術』という河出書房新社のシリーズ物の一つ。
著者の松本俊彦氏は依存症治療の専門医。以前ネットニュースなどでストロングゼロの危険性を指摘し警鐘を鳴らしたお医者様で、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
本書は中高生の少年、少女に向けたものなので、お酒に関する記述は少し控えめです。しかし大人が読んでも非常に為になる良書で、アルコール依存症考察の一助になるのでぜひ読んでいただきたいです。
ティーンズ向けの分かりやすい文章構成になっているため、読書が苦手な方でもすんなり読めますよ。
依存症は誰でもなりうる身近な病
この本を読んで感じたのは、依存症という病は老若男女問わず、誰にでもなりうる病気であるということ。
そして依存度の強弱はあれど、人は常日頃から何かに依存して生きているものだということです。
思い返せば私自身これまでアルコール以外にもテレビゲームや漫画、ギャンブルやタバコにハマっていた時期がありました。本書では依存することを「ハマる」という解釈で様々な少年少女の事例をもとに治療までの過程を丁寧に解説しています。
- エナジードリンクがきっかけで、カフェイン依存になった少女。
- 尊敬する先輩に認められたくて大麻に手を出した不良少年。
- 学校の成績が思わしくない現実から逃れるためゲームにハマる優等生。
- プレッシャーやストレスから逃れたくてリストカットがやめられない少女など。
どこにでもいるような普通の子が依存症になってしまい止めたくても止められなくて苦しむ話は読んでいて心が痛みます。
著者である松本先生自身もタバコがやめられない、新人時代にカーゲームにハマったなど依存症である(だった)ことを告白してます。
これらの事例が示すのは依存症というのは実のところ、とても身近で誰でもなる病気であるということです。
自身に起こった問題を解決する一助として、もしくは辛い心情を慰めるために手を出してしまう。
そして一時は問題を解決したような気持ちになったり、忘れたり出来る。
しかし根本的な問題の解決にはならないため、問題意識が持ち上がるとまたそれに手を出してしまう。
繰り返しているうちに止められなくなり、以前までの量では足りなくなる。
こうして、いつの間にか依存している物や行為に振り回されてしまうのです。
気晴らしに始めたものがいつしかそれが無いと何もできなくなり、やがてそれをすることだけが中心となり、実生活を侵食する…。なんとも身に覚えがあり過ぎて耳が痛くなりませんか?
アルコールは立派な薬物
未成年へ向けた本なので、若いうちに飲酒するデメリットに関しても記述があり、アルコールは極めて依存症になりやすい物質であるとも説明しています。
自分も未成年のときに知っておきたかった!!
これは日本酒(アルコール15%)だと1合弱(1合よりちょっと少ない)といったところ。
日本酒を毎日3〜4合(純アルコール60g以上)飲んだとすると、男性なら10年、女性なら6年で依存症になると言われています。
女性は男性よりもアルコールの害に敏感なんだな…
日本酒1合は180mlですが、ピンとこない人のためにビールに置き換えると、日本酒1合の純アルコール量は缶ビール500ml缶1本強と同等なので、500mlの缶ビールを毎日3本以上飲んでしまうと男性だと10年、女性だと6年で依存症になる計算です。(500mlの缶ビールに含まれる純アルコール量は20g)
無論個人差はあるでしょうが、一つの目安として覚えておきましょう。
当然巷で売られているストロング系チューハイだと純アルコール量は更に高くなります。
アルコール9%の500ml缶1本で36gの純アルコール量、日本酒1合半以上になります。
つまり毎日ストゼロ500ml缶2本飲むとヤバいわけだな…
本書においても、近年若者の大半は飲酒をしない一方、未成年のうちから口当たりが良く安価なストロングチューハイを飲む若者もいたりして、2極化の構図が出来あがっていると危惧しています。
当然未成年のうちから飲めばその分依存症になるのも早く、中には20代で既に依存症を発症する若者もいたりします。
お酒は楽しいものという一面があるのは共感しますが、同時にハマると止められなくなる依存性がとても強い薬物であるという現実も教えなければならないのではないでしょうか。
私も昔はお酒のいいところ”しか”見えてなかった
依存症のメカニズムはドーパミン
どうして依存するまで人はソレに「ハマる」のかというと、ドーパミンを求めてやまないからです。
ドーパミンとは報酬系と呼ばれる脳内回路から放出される物質。
食欲、性欲が満たされるとドーパミンが放出されるのは有名な話。
また勉強やスポーツ、仕事などで成果が出たときなども達成感により、報酬系の回路が刺激されてドーパミンを放出し、気分が良くなるメカニズム。
そして、カフェイン、ニコチン、アルコールといった物質も摂取することで努力の過程をすっ飛ばして、
簡単にドーパミンが放出されるのです。
こうやって、簡単に得られてしまうドーパミンに魅せられて、人は依存性の物質を求めてしまうのです。
依存性の物質にはいくつか種類があります。それは大きく分けて3つ「アッパー系」「ダウナー系」「サイケ系」です。それぞれ簡単に説明しましょう。
アッパー系
中枢神経興奮薬と呼ばれるもので、脳の働きを活性化します。
これによりシャキッとして目が覚めて、元気が出たりします。
カフェイン、コカイン、覚醒剤、ニコチンなどが中枢神経興奮薬の代表格。
摂取すると脳内に働きかけドーパミンを放出。
このドーパミンが報酬系回路を刺激して快感をもたらします。
つまりドーパミンの放出を加速させるアクセルのような働きをする仕組みです。
ダウナー系
中枢神経抑制薬と呼ばれるもので、脳の働きを抑えて麻痺させる効果があります。
アルコールを始め、睡眠薬や抗不安薬、モルヒネ、ヘロインなどが中枢神経抑制薬と呼ばれます。
緊張や不安を和らげるため、使用することで情緒が開放され快活になったり饒舌になったりします…ってもう知ってますよね。
ダウナー系は、ドーパミンの放出を抑制するグルタミン神経系の働きを弱めます。
つまり感情のブレーキを外すことで、ドーパミンが放出されていわゆる「タガが外れた」状態となる仕組みなんですね。
サイケ系
幻覚薬と呼ばれるもので、五感に影響してものの見え方や、音の感じ方を変えます。
大麻、MDMA、LSDなどがサイケ系の薬物。
日本においてはその殆どが違法薬物に指定され規制の対象となっています。
使用することで錯乱状態になるなどの危険性がある薬物としても有名です。
とりわけアッパー系、ダウナー系と言われる薬物には、限界効用逓減の法則が強く働きます。
これは使用を繰り返すことで、「馴れ」が生じ、最初のときのような効果を感じにくくなる現象です。
そうなると前回までと同じ量ではドーパミンが放出されず、求めるような快感を得ることが出来ません。
そして、ドーパミンの放出を求めて使用量が回数を経るごとに増えていくという訳です。
ジャンキーの一丁あがり!!
依存症になりやすい人は自己肯定感が低い?
アルコール一つとっても分かることですが、同じように飲んでいても依存症になりやすい人とそうでもない人がいますよね。
無論みんながみんなそうでは無いけど
本書の事例で登場する少年少女たちも様々な理由から自己肯定感が低い自分にあえいでいました。
そしてそういう人は往々にして人に頼らず自分一人で解決しようとします。
そんな中気付けとして、薬物に手を出してしまい依存症になってしまうのです。
また依存症になる人は大抵、人生が上手くいっていません。
ここで言う「上手くいっていない」人とは、経済状況や社会的地位だけに限ったことではありません。
依存症になる人はお医者様や教師、企業の社長や政治家、芸能人など、社会的信用度や地位の高い人にも多くいます。
そういった方々は仕事上のストレス。「キチンとしなければいけない」といったプレッシャー、そういった感情に圧迫され開放感を求めて依存物質に手を出す背景が見受けられます。
その他、夫婦間の不和、家庭内の問題や職場、学校での人間関係で心を病んでしまう方などそのタイプは様々。
話を戻すと人生が上手くいっていない原因の一つとして、「他人に頼れない」というものがあるように思えます。
プライドがそうさせるのか、人に弱音を吐くのは良くないという思いやりなのか、とにかく甘えるのが苦手です。
ぶっちゃけ私もそう…
また、成功体験の少ない人生においても、自前のドーパミンを得ることができない反動から依存物質に手を出しがちとのこと。
アルコールなどは手軽にドーパミンを放出できます。
そしてひと時の間、日々の不満や怒り、悲しみや不安から解放されたような気持ちになれるのです。
実際の現実は変わりませんが、やはり易きに流されてしまうのが人間の本質とも言えるのかもしれません。
全て断つのではなく、まずは減らしてみる「ハーム・リダクション」
当ブログをお読みいただいている方のなかには、もう既に禁酒、断酒に踏み出して飲まない日々を送ってらっしゃる方もいるでしょう。
そして、それとは別に飲酒習慣に疑問を持ちながらも止められずにいる方もいると思います。
そういう方のヒントとなるのが、このハーム・リダクションです。
これはいきなり一切やめるのではなく、まずは量を減らしていこうよという取り組み。
つまり、アルコールの場合節酒や減酒がこれに当たる訳ですね。
かつて試みたが、自分の場合断酒の方が圧倒的に楽でした
本書においても、依存症を患った子どもたちにすぐゼロにするような治療法はなるべく避けるようにしている様。
カフェインにしろゲームにしろ現状の依存度を可視化して、徐々に減らしていく取り組みが紹介されてました。
薬物などにしても一罰百戒といった「見せしめ」や法規制の強化といったやり方はあまりよく無いと松本氏は述べます。
かつてアメリカではお酒は社会的害が大きいという理由で、その製造と販売を禁じました。
いわゆる禁酒法時代ですね、(1920年〜1933年)結果がどうなったかはみなさんご存知でしょう。
映画『アンタッチャブル』を観よう
アル・カポネ率いるギャングが台頭して密造、密売を始め、それで得た資金で反社会勢力がこれまでになく拡大。結果アメリカ(特にシカゴ)の治安はより悪くなってしまいました。
結局依存物質、行為というのは「やめろ」と口で言っても余計に欲してしまうのが人間の抗い難い性(さが)とも言えます。
ゆえに「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」といった、依存症者の人格を否定するようなキャンペーンはかえって治療を遠ざけてしまう。松本先生はこういった日本の薬物使用者に対するネガティブキャンペーンにも疑問を呈しています。
薬物依存になっても人生は終わりじゃない、いくらでもやり直せます!!
もちろん法に触れる薬物使用の場合、刑法の罰則対象になります。
法を犯したケジメはとって然るべき、しかしそれで人間性までも否定される訳では当然ありません。
海外においては違法薬物依存の場合などは、専門の施設で感染症予防のための清潔な注射器や注射室の提供などが行われたりします。
日本じゃ考えられない
こういった施設内では違法薬物を接種しても治療の意思ありと見なされ逮捕されることはありません。
依存物質からの克服には、まず本人が薬物に支配されている生活であるという実態の認識がスタート地点。
そこから自分は薬物に頼らない生活を構築したいという願いがあるのかといった問い、それが無ければ何も始まりません。
依存症を全否定するのではなく、まず認めてあげてそこから治療への足がかりを探し、その地歩を固める。
「ハーム・リダクション」とはそういった健やかな生き方を取り戻す治療に向けた
「まず、少しでもいいからやってみよう」
そういった取り組みとも言えるわけですね。
国際的には有用性が認められ主流になりつつある取り組みですが、残念ながら日本ではまだまだ本格的な運用は遅れています。
レグテクトなど飲酒欲求を抑える薬などもあります。必ず専門医に相談のうえ適切な量処方してもらいましょう
依存症になるネズミ、ならないネズミ、その違いは「孤立」
そしてそんな自分をなんとかしたいと思い、その手助けや解決策のつもりで依存物質、行為に走ってしまう。
そんなやるせない構図が存在するのです。
物や行為に依存してしまう人間は他人に依存できない側面があるのは前述の通り。
そんな中、本書では興味深い実験が紹介されています。
オスのネズミ16匹、メスのネズミ16匹、計32匹を用意します。
そのネズミを無作為に選び、オスメス混合の2グループに仕分けします。
一つ目16匹のグループには広くゆったりした場所が用意されます。
そこはウッドチップが敷き詰められて、ネズミ同士が自由に交流ができます。
運動用の回し車やかくれんぼ出来る空き缶などもあり、もちろん飲み物、食べ物も用意されていつでも口に出来る居心地の良い場所。
こちらが「楽園ネズミ」。
もう一方のグループの16匹は1匹ずつ独房のような小さな檻に入れられます。
他のネズミは見えないようになっており、コミュニケーションは出来ない隔絶された状態。
自由に動くこともままならず、餌は決まった時間に決められた量だけの過酷な場所。
こちらを「植民地ネズミ」とします。
そしてこの2グループにそれぞれ、ただの水とモルヒネ入りの、いわゆる麻薬水を与えるのです。
なんとも残酷な実験だな…
どちらのグループもいつでも好きな時、好きなだけ飲めるようにします。
するとどうなったのか。
まず「植民地ネズミ」の方は全てのネズミがモルヒネ入りの麻薬水を好んで飲むようになり、毎日酩酊するようになったのです。
一方「楽園ネズミ」の方はというと、ほとんどのネズミが普通の水を好んで飲むようになり、麻薬水を飲むネズミも「植民地ネズミ」と比較するとほんのちょっと、20分の1程度の量しか摂取しなかったのです。
この実験が更に面白いのはここからで、2ヶ月近く経った後、依存症となってしまった「植民地ネズミ」の1匹を「楽園ネズミ」のケージに移したのです。
するとこの「植民地ネズミ」は「楽園ネズミ」の仲間たちと次第に仲良くなり、なんと麻薬水を飲まなくなったのです。
まじか!!
泣いてもいいですか?
もちろん人間の場合はより複雑で、なんでも人に話す、とにかく誰かに頼るというのが即ち解決策になるとは限りません。しかし一人で逡巡したり孤立して悩むのは依存症の治療を遠ざける悪手なのかもしれないのです。
アディクション(依存)からコネクション(繋がり)へ
こうやって読んでいくと、人という生き物は薬物に限らず、何かに依存しているものともいえます。
そして依存症になる人はいつも何か満たされない思いを抱えているのかもしれません。
しかもアルコールは「合法な薬物」のため、健全な社会生活を営み、家族に囲まれ幸せそうに見える人たちにもその毒牙を向けます。
依存症の発症は人生の終わりではありません。
それと向き合い治療していく新しい人生の始まりとも捉えることができます。
本書においても依存症になった人は一人で悩まず誰かに相談し、打ち明けるのが最も効果的な回復への近道だと説きます。
依存症が深刻な方は意地を張らずにまずは、専門医に相談した方が間違いなくいいのです。
身近な友達や、家族に話せないという人もいるでしょう。
そういう人もやはり大事なのは「繋がり」です。
各自治体に相談の窓口がありますし、断酒会など回復のための支援グループなどが身近にありますので、検索して行ってみることをおすすめします。
またそういったのは敷居が高いと感じている人もおられるでしょう。
そういった方はTwitterやFacebookといったSNSなどを活用してみてはいかがでしょう。
ネットの中ではあなたと同じ苦しみや悩みを抱えてる人が大勢います。
もちろん具体的に何かをしてくれる訳ではありません。
しかし、あなたの辛い心情や、解決したい悩みに共感し寄り添ってくれるでしょう。
簡単なセルフケアの方法や解決に向けたアイデアを提案してくれる親切な人も多くいたりします。
SNSの「ゆるい繋がり」だからこそ、利害関係のないざっくばらんな相談が出来やすいともいえるのです。
アディクション(依存)からコネクション(繋がり)へ。
一人で悩まず、まずは誰かに相談して自身の心情を見直すことが、依存症治療の第一歩と言えます。
この記事ではアルコール依存症に焦点を当てて、あくまで私自身が感じたことを自分なりの解釈で書きました。
本書の内容を詳しく読みたい方は、是非手にとって読んでほしいと思い、今回紹介した次第であります。
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